ながらみ書房 短歌往来 これまで雑誌に発表してきた発表作品・鑑賞文を紹介します 現代短歌 歌人 北久保まりこ

北久保まりこ プロフィール

北久保まりこ

東京都生まれ
東京都三鷹市在住
日本文藝家協会会員
日本PENクラブ会員
現代歌人協会会員
日本歌人クラブ会員
心の花会員
Tanka Society of America
Tan-Ku共同創始者
Tan-Ku Association President

和英短歌朗読15周年記念動画
新作英文短歌
Spoken World Live発表作品

北久保まりこ

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歌人  北久保まりこ
ながらみ書房  短歌往来

ながらみ書房  短歌往来
これまで発表してきた、短歌・鑑賞文などを発表します。

ながらみ書房「短歌往来」2025年8月号特集のご依頼を賜りました。

ご掲載頂きありがとうございました。

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列車
       北久保まりこ

霧ふかき脳死の後の草原をこころはどこへ向かふのだらう
実感の無きままに飛ぶNH一〇六便 葬儀のために
呆気なく入国審査経たりけり 友の迎へ亡き到着ゲート
放たれし蝶が吸はれてゆく空の青さを恐る  イトスギの森
深しんと冷えゆく棺 埋葬の儀式の後の夏草の寂
気付きしはいつだつたらう 死も生の旅の続きの風景なるを
耳慣れぬ駅名なりき座席から貴方は消えてもどらなかつた
生前と死後をつなぐや霧の駅 涙に曇るプラットフォーム
わたくしもいづれ旅立つ 逃げ水が陽炎にとけてゆく一周忌
終りなき魂の旅 またいつか乗り合はせたき幻想列車

(旅の愛誦歌)
死者も乗せにし白き帆掛け船(ファルーカ)今日のわが旅のからだをひととき運ぶ (佐佐木幸綱 『アニマ』)


 もし旅人体質とよべるものがあるのなら、間違いなく自分はそれである。VR技術により、手軽に旅を疑似体験できる昨今ではあるが、踏む土の粘度や大気の匂い、見知らぬ同士が交わす何気ない会話など、実際に移動してこそ得られる瞬間に勝るものはない。
 「列車」は、ソウルメイトの葬儀のための渡米をテーマに綴った一連である。当然ながら、いつもの旅の高揚感は無く、使い慣れたはずの空港が何故か絵空事めいて、目に映る全てが自らと隔絶された時空のようであった。
 人生も長い旅である。その途上、偶然同じ車両に乗り合わせ意気投合した私達は、国籍や言語の違いを超え、詩歌の共作を編むほどに親しくなった。ある夏の日、耳慣れぬ名の駅で彼女は席をたち、そのまま戻らなかった。涙で曇ったプラットフォームに、 無音の弦楽のような霧が立ち始めていた。彼女は目に見えぬ魂の旅人となったのだろうか。
 死が旅の終着駅ではなく通過駅だとしたら、またいつか同じ列車に乗り合わせたいと切に願う。

ながらみ書房『短歌往来』2024年10月号に新作13首をご依頼賜りまして、どうもありがとうございました。

今夏(7月)、癌との闘いの末に帰天致しましたソウルメイトの挽歌連作を供養のつもりで詠ませて頂きました。

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ソウルメイト

彼方よりノイズ交りに届きたり今し・・・方・・・Dが亡・・・くなりま・・・した
繋ぎるし手の温かさ ワタクシがフェイドアウトしてゆく真昼
本当かだうか判らず宙に浮く 浮きたるままに幾日か過ぐ
時だけが流れゆくなり予告なく皆ゐなくなる世界を置いて
いつの日か現実になると知りながら避けつづけるし時間がをはる
十七年も前だね私の朗読に涙せしD パサデナの秋
時間とは何なのだらう 急流にとりのこさるる岩の冷たさ
岩陰に消えゆくトカゲいくつかの小さき翡翠が転がるやうに
旅立ちは雄鹿月(バックムーン)の夜なりき天文学を好みたりしD
まだDを探してるやう暫くは祭の路地に迷子になりて
隔たれし距離と時差より解かれけり 魂が今肩を抱きぬ
百五十連作をともに編みたりき 我らのデュオが獅子座を駆ける
憧れはいつもだあれもゐない空 余韻をのこす打ち上げ花火 

ながらみ書房さまよりご依頼賜りました新作短歌八首を、12月号にご掲載下さいました。

一度は墓まで持って行こうと思いましたノンフィクション連作に、僅かなフィクションを交えた連作。

日本人の歌人として、国際的表現活動をする者として、一度は本気で向き合わなくては、という気持ちを形にするきっかけを頂きましたことに、心より御礼を申し上げます。

ありがとうございました。
これからも、精進を重ねて参りますのでどうぞ宜しくお願い致します。

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SECRET CODE

モノクロの集合写真に紛れ込む工作員なりしA女史の笑み
疑ひが確信となる 数十年封印されし旧友の過去
親日を装ひたりし表情に後ろめたさは微塵もみえず
当人に直には聞けず 本当に向かうのスパイだつたのですか
欺かれをりし歳月 寝ね方に国家といふ語降り来たりけり
善悪の境の谷に霧深し 戦がひとりひとりを変へる
信じゐし者の一人として歩む 釣瓶落しの黄葉の並木
自らを解き放つための暗号が隠されてゐる 今もどこかに

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三毛ちやんと呼びし誰かに救はれぬ濁流に呑まれたりし夏の日
先代の爪研ぎし跡のあるあたり和室のすみに落ち着きにけり  
相伴にあづかれる幸 マヨネーズちよいとかかりし鰹のタタキ 
爪切りが苦手なれどもその後のおやつ乙なり煮干しがかをる
叱りつつ皆笑ひたり父さまのグランド・ピアノの部屋に眠れば 
このところ頻繁に聞く獣の名 巨体なるらしキンキュージタイ 
病院とおんなじ臭ひ 耳慣れぬ人声響く廊下を恐る 
大好きな姉さま乗せて走り去るサイレン憎し土砂降りの夜  
天窓に銀砂となりてそそぐ月 主無き部屋ガランと広し 
幾晩を経しやわが身も熱を帯び震へ止まざる身をまるめゐつ
時間とは如何なる流れ 懐かしき笑みをやうやくつくりし主 
このまんま命果てても構はない この手の内がわたくしの家 

 

 十九年前、わが家にやって来た鯖白の猫に、ポレポレと名付けた。スワヒリ語で〈 ゆっくり 〉という意味である。彼女は、私に抱かれていれば上機嫌だ。宅配業者のお姉さんにも人懐こく擦り寄り、「ワンちゃんみたいな猫ですね。」とウケが良い。

 個性豊かなペットに、飼い主の私はどんな風に映っているのだろう。猫の目で見る小宇宙を覗くと、思った以上に面白く、不覚にもどっぷりと嵌ってしまった。これが、〔猫による短歌で綴る物語〕が生れた経緯である。

 さっきまでソファで寝ていた話題の主が、欠伸をして膝に乗って来ようとしている。これからも、名前の通り急がずに、与えられた時間を健やかに生きてほしい。

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忘却の橋の袂にさしかかる友よ貴方が消えてゆく春
痴呆とは死に似し病 気付かれず列車の席からゐなくなる人    
忘れたきこと多かりし人の世に安らかなるか病める海馬は
春嵐あばれ止まざる夜の川 免れたりし自害の記憶
万物の流転唱へし人が視し古代ギリシャの神殿の空  
森の日日懐かしむらしエンタシスの並木ほのかに芳る斑鳩  
香ばしき海南鶏飯(ハイナンチーファン)まもる者一人増えたる子の台所
骨白くあらはにさるる日を思ふ子らのその後を思ふ円位忌  

ながらみ書房 様 『短歌往来』9月号へのご依頼、ありがとうございました。

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地下茎の鼓動の深さイヌシダよ古生代にも雨期は有りしか
緑青色のマスクを呉れし小さき手 生き継がれたる命のゆくへ
太陽系第三惑星いにしへの大海に祖の生まれしところ
恐らくは自然淘汰をされてゆくダーウィニズムの大河の滴
アルコール消毒に負け血が滲むわが生命線 しつかり生きろ
その母も孤独なるらむ予言せしアビギャ少年に吹くモンスーン
明滅の痕跡がやがてさらさるる我らの生きた時の地層に
神の視点いづこにありや宇宙(おほぞら)の彼方にひとつ青き迷ひ星

ながらみ書房 『短歌往来』様よりご依頼いただきました。ありがとうございます。

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<ブルガリア>
時空の旅BULGARIA


北久保まりこ

天穹に風が鳴るなり 古代ローマ遺跡にそよぐ薔薇の紫
滑らかな轍撫でたき石の道炉単打・セント・ゲオルギ聖堂
ディル薫るヨーグルトスープ塩味の旨さに通ふスラヴ語の店
噴水が陽を集めをり ソフィア市内古代セルディカ浴場の跡
コンスタンティヌスも好みし温泉水飲んでみむとて市民にまじる

昨年2019年は、日本とブルガリアの文化交流開始100周年、外交関係樹立80周年、そして外交関係再開60周年にあたる記念すべき年だった。私は首都ソフィア出身の歌人イリヤナ・ストヤノヴァ氏の要請を受け、和英短歌朗読をするため彼の地へ赴くことになった。直前にポルトガルで仕事があったので、リスボン経由での入国。楽器と着物一式計40キロの振り分け荷物という、いつもながらの一人珍道中である。

初秋の爽やかな天候に恵まれ、大使館主催の企画や市立図書館での文学イベントにて、多くの聴衆にパフォーマンスを体感して頂き幸いだった。都会の中心に遺跡が多く、古代と現代が混在する不思議な魅力あふれる地、是非またゆっくりと訪れたい。

無人駅信濃追分から歩く 君がゐたころのやうな冬晴れ
亡くしたるのちに気付けりあの人ともつと話しておけば良かつた
愛想無き姉さんが良し 中山道追分宿に新蕎麦を噛む
迷ひ入る枝道野道獣道小さきも混じる猪(しし)の足跡
六十年ひとめぐりらし 懐かしき人亡き原に佇むごとし
宙(おほぞら)に妙なる均の保たれぬ乗りてもみたき彗星軌道

<エッセイ>
本年還暦を迎えるが、六十年もの歳月を過ごしてきた実感は無い。前回年女だった折、人生の半ばを超えたのに、成し遂げたい事のごく一部しか手掛けていないと嘆いた。あれから十二年、短歌を世界に紹介するため、三十七都市で和英朗読をしてきたが、まだまだ未熟者である。これからも日々感謝を忘れず、精進を重ねたい。

大地よりたち昇る虹アフリカの神に召されて友逝き賜ふ
黒豹のラベルでしたか セレンゲティビールで乾杯いたしましたね
水星と冥王星がむかひあふ 肩に鱗粉降り止まぬ夜
香りたつ丸太あまたに組まれをり棺を包む聖なる炎
スワヒリ語に唄はるる歌かなしみが部族を超えて囲む大き火
終(つひ)の旅心細くはあるまいか 沙の上(へ)の灰風のまにまに
自らが果てしを知らぬ魂の灯るがに咲く源平葛
雨季前に注がるる空 タンザニアの光は永久の祈りのために

熊蝉の声が降るなり菩提樹にかくまはれたる黄泉の子供ら
採血のあとに沁む汗 ヒロシマの眼のない顔がわれを視てゐる
硝煙の街に迷へる亡父のため呼び寄せてをり遠き稲妻
亡母は今いづこのそらを照らすらむ地上にめぐる十三の秋
おそらくは今年最後のカナカナが亡母を伴ふ 濡れ縁の椅子
樹木葬をかたる涼しさ屠られしものを喰らはぬ人の唇
木の葉木菟鳴くを待ちゐつ わたくしの灰吹かれゆくだらう山の端
うつしみを離れしのちの魂を追ふや蛍がきえては灯る