ながらみ書房 短歌往来 これまで雑誌に発表してきた発表作品・鑑賞文を紹介します 現代短歌 歌人 北久保まりこ

北久保まりこ プロフィール

北久保まりこ

東京都生まれ
東京都三鷹市在住
日本文藝家協会会員
日本PENクラブ会員
現代歌人協会会員
日本歌人クラブ会員
心の花会員
Tan-Ku共同創始者 Tanka Society of America

和英短歌朗読15周年記念動画
新作英文短歌
Spoken World Live発表作品

北久保まりこ

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歌人  北久保まりこ
ながらみ書房  短歌往来

ながらみ書房  短歌往来
これまで発表してきた、短歌・鑑賞文などを発表します。

水溜りから雲が出てゆくやうにしてあの朝父は居なくなりたり
そんなこと取るに足らぬとボサノバが耳たぶのへりをすべりてゆきぬ
たかだかと掲げられゐし肩車だれなりしやあのおほきなる手は
すもも酒 夜ごと夜ごとに赤くなれ母体にまろくわらべは肥ゆ
生まれ出でたしと思はずただ生まれ出でたるままに魚の泳ぐ
ねぇといふ声の届いてゐた頃を思ひ出させるこんな晴れの日
水風船ひとつふたつとつきたる日父も母もゐきひかりのなかに
照り陰るひとの心のいく襞をこゆればたどり着けるだらうか
たわい無きやりとりののち癒えゆきて駆けてかへらむからつぽの空
久びさにささくれ痛し天上のわが父母は笑みたまふらし
戯言のごときくりごと自らの死にも気付かず揺り椅子ゆらす
父を歌ふことを休まむ今日ひと夜父をもつ子のふりして眠る
百年後のわたしを掬ひあげてゐる両手に一杯の熱もてる砂

 

をはらない夏のけだるさ夜の水は拭はぬままに光らせておく
密にして茂るままの木したにてわれに宿るや夏の夜のみづ
茉莉花(まつりくわ)のかをりたちくる夜の坂ひとりの時は神もつやめく
まとひつく昨夜(よべ)の風ありまだわれは決めかねてをりみづの行方を
分け入るをアヅマネ笹は拒めるに野の双眼のわれに戻り来
想ひとげず逝きたる人のこゑかとも指のかたちに咲くグロリオサ
眼うらに光のこしてもう見えぬ谷の魚よ 恋のようなり
スコールを受くべし両の胸うちにアジアの土よアジアの幹よ
すれ違ひし黒衣の妊婦ひだる神なりしかやはく海のかをりす
わがうちの谷川に落つる滝ひとつのこしてゆきし君といふ人
ゆうらりと光を胎む水中の亡き母に問ひたき鈍色の闇
あの世とはどの世なるらむこの世との境のふいに曖昧となる
短命と言はれゐしわが手のひらに野薊の棘の刺さる快感

 

巨いなる砂の時計に迷ふごとときをり砂の数多降り来ぬ
流星の余韻しいんと冷えわたりわれも時間もみえなくなりぬ
たたなはる時の風紋のてりかげりうしなはれゆく記憶の蛇行
砂山に足をとられてはためける布の一部になりたり我は
風紋にひかりのうねり もう二度と思ひ出されぬだれかの名前
まつすぐな欅並木のその果てにベージュにけむる死・・・のやうなもの
現身とへだてなく死を思ふとき土埃して過去おしよせぬ
「おほむかしあなたは海だつたのでせう」細胞のなかにさわぐ水たち
砂嵐ひとつでわれの虹までも奪はれることいとも容易し
アンダンテ・カンタービレを聴きながら羽化してみたし雨あがる夜
ちぢみたる羽をのばしてゆく時間はばたく時間 弦楽のやう
とまらないかなしみの水 わたくしを保つさいごの弁かもしれず
癒えぬままむかへる春に微かなれどなにかうつろひゆくを予感す

 

椰子よりもバナナの多く見えはじめ村近付きぬ 赤土の道
ゆっくりと過ぎてゆく時間 老人は木下の椅子で手をふりており
訪れし小学校の校庭にわれの両手をうばいあう子ら
ルカニの夜あふるる星座それぞれに奏でていたり聖霊のこえ
いくつかは星残りたる夜明け前 ルカニの空の霧のしずけさ
チャパティとチャイ * に始まる村の朝 霧のむこうの牡牛の声
市場にてカンガ ** を値切る村人の群れのひとりにまぎれていたり
イモ、キャベツ、バケツに笑顔はずみたり市場帰りの荷台のうえで
荷台にて手をふるわれに走りよる村の子供ら星の子のよう
バナナの葉ぱらぱらならす風の窓「元気でいます。タンザニアにて」
やわらかくおもく眠りにおちる時 星のてまえで椰子の葉そよぐ
なつきたり痩せ犬村を去る朝もくびかしげつつ我を見ている
頂はジュラルミン色のキリマンジェロ荷台より見る村を去る朝
花も樹も人も家畜も土くさく生まれしままにうつくしかりき
靴うらの赤土はあえて落とさずに旅のおわりの段をくだりぬ
*  チャパティとチャイ:クレープとミルクティ
** カンガ:パレオのように巻き付けて着る布